旅の始まり
お疲れ様です。
やってますか?オーナーのダイチです。
いつまで書いていけるかわかりませんが、
いままで全然自分の話をしてこなかったので色々思い出して、そしてこれからも週一くらいで書いていけたらなと思っております。
文章書くの苦手で面白いの書けるかはわかりませんがやっていきたい。そしてアップデートしていくのだ。
まず私はめちゃくちゃDancehall, Reggaeが好きで
自分自身のCREW “SUPERIOR”のMCとしても活動しているんだけど、なかなか正直馴染みがないと思うんですが
オープンフォーマットなクラブのMCとはまたちょっと違って
まぁよく喋るかもしれない。
他のジャンルと比べると。
私が23歳?22歳の時、大好きなその音楽を人前でやるのに限界を感じた
真似するのに限界を感じたからだったと思う
誰かのフィルターを通してアウトプットされたものの真似やそこから勉強、盗むことに限界と飽きを感じていたのだ
まぁなんもわかってないもんな、と思い、NYに住もうと決意。
振り返ると
高校卒業後、自衛隊入隊し、20歳で退職。
その後に1カ月初海外で1人で行った時に世界は広いなぁと思った。
その時は、マルタイラーメンをスーツケースに山盛り入れて行った
アホすぎた。でかいスーツケースの半分はマルタイラーメンだった
空港で荷物検査の人は私をどう思ったんだろうか。
腹が減ったら宿に帰って、具なしのラーメンを食って、また出かける生活を1カ月した。
食に興味がなく、いや正確にいうと金がなくそうしてたけど幸せだった
いや、当時の私は空腹でさえ楽しかったのかもしれない
なんか曲で出てくるゲトーな生活みたいで
なんか修行みたいで。
まぁそんな経験もありNYに住もうと決意したあとは、
朝から朝まで働いて、原付で居眠り運転をするような日々だった、原付にあぐらで運転すんのも好きだった。
なんとかして
そしてアメリカの学生ビザの面接の日。
“前にもNY1カ月行ってるけど友達とかいないの?”
と聞かれ、いません。と。
大前提、アメリカはそのまま住みつかれるんじゃないか
向こうで金を稼いでるんじゃないかというところを危惧している。
が、マジで何も私はしていなかったが
じゃあ一カ月も何してたの?好きな観光地は?と聞かれ
全く答えられなかった。
そりゃ怪しいよね
歩いてるだけで楽しくてどこに行くとか何をみるみたいなの全くなく、歩けるだけ歩いて色々みたりしてただけ
それだけでも初海外、初NYは強烈だったのだ
その日、ビザ却下され、大絶望
友達にもNY住むんだと言ってたし
自分もめちゃくちゃ楽しみにしてた
大使館の下で打ちのめされてボーッとした
バイトで金つくるのにフォーカスしてたのでビザのことは
エージェントに任せてた。
エージェントに落ちたこと連絡し、今後どうすればいいですか?また受けたらチャンスありますか?ときくも
かなりきびしいという返答。
たぶん無理です。的な
悩みに悩んだが私は再度受けることを決意。
エージェントにはもうあとは自分でやりますと告げ
自分で書類なんかも作った
潔白だったし。亀山工業(けんたろうくんまじありがとうございました)にもアイディアをいただいて
最終的に数ヶ月後
奇跡的にビザが取れたのだ。
ほんでこの飛行機で渡米。
人生を変えたチケットなので写真撮ってた
英語は全く話せない。全く勉強せずに渡米。
色々用意してきたはずが、
ついて3日目には残り$300になった。
まだ家も見つかっておらず
月末にはゲストハウスのレントの支払いも$650くらい?ある。。
3カ月後には学費の支払い$1800くらいもある。。。
マルタイラーメンは今回持ってきてない、、
ここから始まった私 オーナーDaichiの物語、
できるだけ毎週頑張って更新していきたいと思いますので
ぜ、ぜひ
写真に映るcampusかな、このadidasのスニーカー。
この話もまたします。