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誰よりも早く着くこと。

自分の話をしてこなかったのでぼちぼちしていく
第5話目

そう、音楽が好きで
もっと何言ってんのかとか、Sound(DJ)として
何言ってるかわかったほうが面白くない?と思って渡米した。いや、渡米できたなんとか。

Reggae,Dancehallが1番好きだったので
探していたのだ回せるところを。
 
悪名高き、Church Aveを奥へ進んでいく

Church Ave

伝説の箱、旧テンプテーションズ。
知らなかったらまじ?て言われるくらいのとこ。
Brooklynのカリビアンならみんな知ってるとこ

もっと奥だ。もっと奥。

悪名高き、Church Aveを奥へ進んでいき4703とかなり奥の方に見つけたのだ。

どうやって見つけたかはほんと忘れた。昼間に見つけたのかな?でフライヤーみて通い出したのかな?

ただ夜中に行って、
当時全く話せないけどバイブスだけは有り余っていたのでとにかくここでやらせてくれと頼んだ。が
彼らからするとなんだこのエイジアンだったと思う。
ここでメインでやってるやつに話しろ。と電話番号ももらって電話した。

Kashさんですか?
俺たちめちゃくちゃレゲエ好きっす
ほんであなたのパーティで回したい

と伝えた。
じゃあとりあえず何時に来いと言われたのだ

(DJ KASHさんと私.この時はだいぶもう仲良くなった時の写真)

私たちはもうこれは許可が降りたもんだと興奮したのを覚えてる。

火曜日のHenny Tuesdayというパーティだった。
なんとHennessyが破格の5ドル。
時系列がむちゃくちゃになるのであまり触れないが、このおかげで緊張はほぐれやすかったが、何度も帰り道やクラブで失敗した笑
が、全力だった。

そして当日、指定された時間より余裕で早くいき、
セキュリティーの奴らにも許可もらったんだ。よろしく。的な顔して鼻息荒くして行ったのを覚えてる。

それから毎週毎週、呼ばれてもないけど誰よりも早く行って代われと言われるまでずっとやり続けてた。

これが海外で初めてレギュラーダンスをゲットした瞬間だった。

DJはできてもMC(Reggaeの)はまた、語学力的にもやっていいよ。とはなりにくい。
DJはかけられるから勤勉であればそれなりになんとかなる。
MCはそうはいかないのだ。

だけどここでよくやらせてもらった。
今考えてもほんと暖かい人たちだと思う

全然まともに話せないけど、なんとかできるように
2時間くらいの音源、全部書き出して、声に出して練習したりしてた
英語を勉強してたので、あっそういうことね、となることも早かった気がする

Reggae Dancehallでは英語はもちろんだけど
パトワ語(なまり)が必須である。

ジャマイカの言葉、きいたことあるとは思いますが
それをある程度話せることが条件なのだ。

しかし実はこの箱、超ガイアナコミュニティなのだ。
ガイアナってご存知ですか?

ブラジルの上らへんにあってインド系なんかも多い国
ガイアナ。そこにルーツを持つ人のコミュニティなのだ。

パトワでボンボクラがバッドワードなら
ガイアナ人には、マダスカン(スコンくらいの発音)
がバッドワードで超うける。

まぁそんなこんなしてなんとか認知してもらい、
毎週火曜なんとかやらせてもらえることに。

そしてパーティ帰り家に帰ると日本人の先輩DJ達がいることが結構あった。リビングに。

その頃の私は病気だった。

上手くなりたい。もっと早くぶっちぎり上手くなりたいという気持ちから、付き合いを遠ざけてたのだ。
英語上手くなれない!からダメだ!っておもいきってしまっていたのだ

DAICHI一杯やろうよ!と誘ってもらってもなかなか参加せず、すぐに部屋に閉じこもっていたのだ。

ただそれがあってると正解だと思っていた、その時は。まだ。。

次回、日本人とつるまない病との卒業