頑張んのってダサい?
今まで自分の話をしてこなかったので
極力毎週火曜日にはオーナーであるDaichiの
これまでの話とこれからの話をしていこうと書いております。
一体何話目でしょうか。
ぜひ最初から読んでもらえれば。
語学学校だけど通ってたわたしは、
幸せなことにマンネリ化しかけていた
ピザスライスの日々から、学校の前にあった
教えてもらったベトナミーズサンドイッチなんかも食えるようになって(flexしかけた、たまにです)
なんだか日々積み重ねてはいたものの、マンネリしだしていた。
日本食レストランだと客が食以外でもやっぱり日本が好きで
単純に
日本語話したい。とか
日本人の友達がほしい。とか
アニメが好きだから。とか
なんかまぁいろんなやつ含めて、くる。
そんな中、Rey(レイ)と出会った。
ドミニカ系を両親に持ち、彼はクイーンズニューヨーク生まれ育ち。
彼もまぁよくいるやつ一人だったが、
こいつがスーパー努力家で仲良くなった。
ポケットに忍ばせてたのかな?
詳しいストーリーは曖昧だけど毎回こんなのを
ボロボロになるまで持ってて、日本語をわたし相手に練習してた。
結構、こういうやつと遊んでると変な目で?
アメリカ生活長いと見てくる人も多い気がしてたけど
フル無視だった こいつは本気だったしわたしも本気だった
アメリカ生活も長いだけで何にもしてないようなやつ
頑張れないやつ、むしろ帰れなくなってるやつは山盛りいます。
そんなやつになんて言われてもアツい人といたい
サウンドとしてプレーするパーティに顔出してくれたりしてよく遊んだ
親戚がやってるドミニカ料理屋で飯食わせてもらったり
彼は日本で英語の先生やりたくて
ずっと勉強してた。ほんとにずっと。
先生のテスト受けて落ちて凹んでたんだけど、
何かが背中を押したのか、わたしも日本に帰ってきた後、繰り上げで合格。
日本に住みだした。漫画みたい。
そして日本人の女性と結婚しお父さんに。
いまでも日本に住んでてちょくちょく連絡とるけど
またゆっくりバカ笑いして遊びたい。
彼と会ってからマンネリ化しかけてた気持ちもなおった気がする。
当時、ろくに英語話せないのに学校でも適当に振る舞ってるやつとか
たまに学校いけばビザがキープできるような学校とか、まぁいろんなのがあったけど、
わたしはホント真面目に学校も通ってた気がする。
好きだったのだ。
寒い日も、毎日同じベンダーのおっちゃんに挨拶して、凍えながらコーヒー買って、たまにベーグルを買うそんなハードながらに頑張ってる自分が好きだったし、ニューヨークってそういうとこじゃない?ってこの頃感じてた。
思えばこういう気持ちがいまのAin’tに繋がってる気がしている
とはいえ、
もちろんわたしにも
おもっくそ学校サボった日がある
音楽にくらいすぎて学校、
今日は行かずに川沿いでずーっと数時間彼女の曲を
靴脱いで聞いて、学校サボってやった日がある
その日の写真
やはりここでもあのadidas Campus(1話?読んでくださいね)
理由は歌姫
Alicia Keysのフリーライブが早朝からあったのだ。
ことの発端はアキヒトが見つけてきてくれて
俺たちは騒然となった。
いくしかない。これのがしたら後悔するよって。
だけど超朝のテレビの企画でのライブだった
不安だった、覚えてないけど寝れたのかなその日
朝に集まってみんなで移動。
あの陰謀論界隈ではお馴染みのロックフェラービルあたりに並んだのかな
まぁー並んだ並んだ。
ビービー言いながら並んだ(あきひとごめん)
明るくなってきた
テレビ番組の一環で、あの晴れた日
朝の澄み切った空気の中でこんな感じでした。
そら学校さぼるよなぁ〜
人生最高やってほんまに思った
心がホント豊かになる。
自分に子供ができたらこんな気持ちになってくれるのが一番の親孝行だなぁなんて思った気がする
さぼり記念日





